プロと仕事

 仕事をしている人の中でもプロと呼ばれる人がいる。単にそこで働いているというだけでプロ扱いなケースもあるけれど。確かに真のプロは存在する、誰もが認めるプロの存在が。

 仕事とプロについて、ちょっと考えてみた。プロじゃなくても仕事はできる。じゃなんでプロは存在するんだと。

 自分の中の『プロな人』をイメージしてみる。その道において精通し、かつ完璧なまでに仕事をこなす人。自分のした仕事に責任をもち、最後までやり遂げる人。じゃあそれだけなプロの生き甲斐を想像してみる。それはとっても窮屈だ、何とクルシイ人生だ。もっと別のものがあるハズだ、でないと息が詰まって窒息してしまう。

 改めて『仕事』という物が何か考えてみる。仕事がないと食べていけない、生きる糧を得るために働く。与えられたニンムをこなし、そのお返しにオカネを貰う事。じゃあ食べていくためだけに働く生活を想像してみる。それもとっても窮屈だ、何とサビシイ人生だ。もっと別の考え方があるハズだ、でないと毎日が色あせてしまう。

 ある人はこう言った。毎日を豊かにするために働くんだと。なる程そういう見方をすれば苦痛じゃなくなる。でもそれだけじゃ仕事って何だかツマラナイ。せいぜい最新型乾燥機付き洗濯機に買い換えて奥さんに数日喜ばれる程度だ。

 ある人はこういった。自分の存在を表現するために働くんだと。なる程そういう見方をすれば働く事が楽しくなってくる。でも表現したいものは人それぞれ、みんなが満足出来る訳じゃない。せいぜい思ってもいないお世辞を言って上司にキニイラレル程度だ。

 ある人はこういった。夢を実現するために働くんだと。なる程そういう見方をすれば働く事に未来が感じられてくる。でも保証なんて何処にもない、いつまで自分を騙せばいい?せいぜいキャバクラのねーちゃんに昔の野望を聞かせて眠らせる程度だ。

 自分の存在を表現するために仕事をし、そしてオカネを貰い豊かな生活していく人の生き甲斐を想像してみる。それはとても良い心地だ。シビレルほどにシアワセだ。

 でも世間はとてもドロドロでネバネバでギトギトしい。ドロドロの中で豊かにするなんて難しい。ネバネバの中で表現するなんて難しい。ギトギトの中で夢見るなんて難しい。

 誰もが認めるプロを思い浮かべてみる。なのにツヤツヤしているなんて!なのにイキイキしているなんて!なのにキラキラしているなんて!

こんなに汚い世界なのに?こんなに醜い世界なのに?生きてくだけで大変なのに?サヴァイバルなのに?

 夢を追いかける人達がいる。その人達はサヴァイバルしてるかな。自分を誇示しようとする人達がいる。その人達はサヴァイバルしてるかな。サヴァイバルしてない人の夢は嘘になるな。サヴァイバルしてない人の自己表現はうっとおしいな。

 サヴァイバルしてる人が夢を語ると、説得力があるな。サヴァイバルしてる人が自己表現をしたら、魅力的だな。サヴァイバルしてる人ってプロっぽいな。プロってどうやらこれっぽいな。

俺って、仕事で音楽で。サヴァイバル、してるかな?

さ、寝ようかな。

追記(2/11)
翌朝ふと考える。
つまりプロって与えられた枠組みの中で、あるいは目の前のいかなる現実の中でも最大限に自己表現できる人の事なんじゃないか、と。今更気づく俺も相変らずだなーしかし。まー色々見方はあるんだろうけどー

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