最近忘れて思い出した事

こないだこんな事があった。体制が変わり責任拡大、業務過多となって半月が過ぎた休日。朝ベッドの中で腹が減ったと思うがそもそも作る材料も放置して賞味期限切れ。買いにいく気力も無くだらだらとゴロゴロしていた時にふと頭によぎった事。

“ピーマン山盛りにしたピザトースト食いたい”

そういえば体制が変わる前までは毎日朝食でシリアルか、または時間のあるときピザトーストを作っては食べていた。時間もないので冷凍しておいた食パンにケチャップとチーズを乗せ、中途半端に残したくないから、小ぶりのピーマン1個をまるまる刻んで焼く。ずいぶん手荒に思えるがそれがいいのだ。とても美味しい。そっか。最近朝食も取らないくらい余裕なかったな。そもそも食材を買いに行くことにも意識が及ばなかったな。

何かに追われている時は、自分を見失っている時かもしれない。いやまて自分を見失うというのはそもそもおかしな言葉だ。自分の定義も曖昧だし、自分を見失っても自分はここで生きているから。正確には ─ 自分のリズムを失っていた、という事だろうか。自分を取り戻す作業が、日常なのかも知れない。

きっとこういう生活を続けていたらまた突発性難聴で倒れてしまうだろう。ストレスは侮れないのだ。でもそうなる前に、気づける環境が独りで作り出せない分、そこは自分で気づける様に努力するか ─ 気づけなくても回避できる環境に身を置くかしかない。

では回避できる環境とはいかなるものか。仕事を辞めるのも手だろう。でもその選択肢は、私自身今、認められないのだと、昨日知った。

教えてくれたのは普段私が接している、立場的には部下のみんなだ。彼らの活き活きとした笑顔が見たい。できれば私がここにいるうちに。居させてもらいたいから頑張れるのかもしれない。私がここに留まる理由は、実のところそれだけなのかもしれない。その為にいろんな所から刺されるのであれば、しばらくは続けてもいいと思えた。

さっきスーパーで久々に買い物してきた。切らしていた豆乳も買ってきた。衝動買いで新米も買ってしまった。お米あるのに。何となく今、生きてる心地だ。

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