自分との距離 ─ Roland Kiyola KF-10 を購入

中途半端に趣味にはしたくない。そう思っていた。多少なりとも音楽を追求していた人間の、ちっさいプライドだったんだと思う。ことゼロから何かを生み出す情熱は、いつの間にかカタチを変え、人とモノとお金、環境を作る事に、ひたすら注いでいった。

その間も幾度となく、音楽というのは心と直結しているのだと痛感した。辛くても虚しくても、時々ピアノを弾けば心の嵐は収まった。一度だけ本格的に曲作りにしがみついてみて、結局途中で断念した。やっぱり精神的に余裕がないと、と勝手に納得した。

考えてみたら、活動していた時はもっと余裕のない中で曲を作っていたはずで、この10年、きっと音楽に結びつけていくエネルギーそのものが、別のモノに奪わてきたんだろう。いつの間にか音楽との付き合い方は、気に入った曲を聴き、時折作曲アプリのアップデート、欲しかった楽器や機材を買って満足する、消費スタイルに落ち着いた。

新潟に越した6ヶ月、使わないものをばんばん捨て、必要なものは新しいものに買い替えた。とびきりのお気に入りに囲まれる生活は、とても心地がいい。

整理していく中に、キーボードが2つ残った。時々弾く程度になってしまったステージピアノと、ホコリを被ったままのシンセサイザー。大阪から名古屋、名古屋から長野、長野から新潟。ずっと連れてきた。自分の音楽に対する気持ちは、機材やキーボードの扱いに表れていたのかな。

今も弾き語りの感覚はまだ体が覚えていて、繰り返し弾けば、あの時と同じ様に再生ボタンが押せる。あの時のような声で歌える自信はないけど、あの時よりもいろんな感情を、歌に込められるような気がする。

これからを進むために、これまでとは別れなければと思った。まだ見えてこないけど、本来の自分に近づきたいという漠然とした気持ちがここにある。モノゴトに対して、もっと生き方そのものに根ざした、自然でシンプルに、長く付き合えるカタチで、生きる事を続けていきたいと思った。

2つのキーボードが持つ、沢山のボタンやコントローラー、接続端子や音色、拡張機能。カッコイイけど、今の自分には多すぎる。だから自分が扱える範囲で、もっとそのものに向き合えるものに買い替えた。

取り替えたいのは、向き合いたいのは、心と繋がる音楽を通して見えてくる、自分そのものだったんじゃないかな。新しいピアノで自分の曲を弾きながら、これからの自分を、考えている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です