終わりは始まりのはじまり。

4月から販売の前面に立たなくなって1ヶ月が過ぎようとしている。学生を卒業してからというもの、およそ仕事というものがほぼ接客業ばかりだった事もあり、何だか『サボっているのではないか』と言う背徳感が付きまとう。未だ、どうしても慣れない。

 元来接客には向いてない人間である。そんな人間が社会に出て約14年、ずっと接客業をしてきた。

 大阪にいた時は、お客さんの我が儘やす想像を遥かに超えた要求に日々辟易としながら、お客さんの懐に入り込むという、一般的にはタブーとされるイレギュラーな事ばかり経験させて貰った。周りの常識を変え、規定のルールに沿って仕事をしたくても変えられない。このままでは精神的におかしくなってしまう。宗教的な境地まで本を読み漁り、ああ、自分が柔軟に変わらないと進めないのかと悟れた訳で。まーでも、関西では二度と仕事したくないな。関西人だけど。

 名古屋の前半は、スタッフの、これまた想像を超えた言動に、日々辟易としながらも沢山学ばせて貰った。これまで一人で物事を考えて行動すれば良かった事が、任される店の、そこで働く人間の、人生で僅か数年をともに過ごす仲間の、一瞬のよどみ、迷い、喜び、きらめきをひっくるめて乗り越え進めていかなきゃなんない。いかに効率よく仕事を回せるか、いかに活き活きと働いて貰えるか、そしていかに結果を残せるか。試行錯誤しながら、何とか形には出来た。

 後半は、所属する会社の、またまた想像を超えた騒動に巻き込まれながらも色々学ばせて貰った。親会社が変わる、上司が変わる、考え方が変わる。現場を変えないと、やり方を変えないと組織の中で生き残れない。ブラックな部分も片足突っ込みながら、グレーな部分で辻褄合わせながら。そもそも、会社が変わっても現場は変わらない。なのに会社の都合で現場を見失う。そこに居続けたくても居続けられない。その歯車に乗り切れなくて、ある日突然ぶっ倒れた。

 会社の親会社がまた変わる。会社から突然、統廃合の隙間で不正したと突きつけられる。何が正しいのか。会社とは何か。ここにいる理由はなにか。現場はこれからも会社に振り回され続けるのか。そもそもこの会社にいたいのか。自分がしたい事は何か。どう生きたいのか。もがきながら、初めて自分が守る店で、力で押さえつける事の無い、チームとして結果を出せる喜びを少し、教えて貰えた。

 そして長野への転勤間際、突然部下の死。チームだった人間とはずっと居続けられない、組織のただ一員としての自分。どこに支えを求めれば良いのか。分からないまま、これまでの倍規模の店舗への着任。実績は出すが無法地帯の、その新しい職場での、ありとあらゆるスクラップ&ビルド。唯一のモチベーションは、管理する会社が変わっても揺るぎないショップを作る事。

 幸いな事にここにいる人間は、変な殻を持たないい素直な人ばかりだった。素直だからこそ抗い、素直だからこそ嘘をつき、素直だからこそ反省し、素直だからこそ喜ぶ。求めれば必ず返してくれる。いや、名古屋でも大阪でも基本は同じなんだろうけど。再びチームが出来ていく。最初は形だけだった組織も、パフォーマンスだった連帯感も、各々が自発的に行動しながら、やがて『本物に』なっていく。

 そんな環境の中、常に県内トップを維持していかないといけない苦しさ、下から這い上がってくるライバルに追いつかれる苦しさ、商圏の違うエリアと比較される歯がゆさ。ほったらかしになっていた地域に来たからこそ、見えてくる様々な数字の異常さに、どんどんと付いていけなくなっている自分がどんどんどんどん、大きくなっていった。

 振り返ってみれば、現場には色んな理由で、スタッフとしてやってくるが、とどのつまり人間は、自身の居場所を求めてここに来る。でも忙しいから、余裕がないから、自分はそうして貰えなかったから、どうしていいか分からないから、教えて貰ってないから。それを提供できなくて、結果辞めていく。会社は気づかない。

 『人さえしっかり支える事ができれば』様々な事が出来るのに。数字が出せてる事を良いことに、思ってる事言いたい事を上司にぶつける。生意気だ面倒だと思われても構わない。守るべき家族もいない、嫌になれば辞めればいい。人が大事。本社はその事に気づきはじめた。でも直轄の人間は、まだ気づいていない。

 数字は必要。間違いない。けどそれをつくるのは人。理想通りに、順番を描く事なんて出来ない事は分かっている。でも。支えなきゃいけない時に支えられないから、数字の重さに、人の感情に、自分の弱さに押しつぶされて、最後は辛くて、逃げて、辞めていく。他にきっと自分の居場所があるはずだと思って。どこにもないのに。自分が変わるしかないのに。それを教えられるのは、社会に出たら誰が教えてくれるのだろう?

 徐々に、言いたい放題いえる程の実績も出せなくなってきた。自分ももう疲れてきた。そこにエリアを見ろとのお達し。音楽から逃げた様に、また逃げるのか。

 今思う事。店長という仕事は、プレイングマネージャーという立場で最前線に立ち、引っ張っていく辛さは確かにある。でも、その店の事だけ考えれば良かった。店を創る事が出来た。店の仕組みを創る事が出来た。人を創る事が出来た。そして何かを達成し、酸いも甘いも分かち合い、その店の成長をじかに感じ、共有できる仲間があった。確かに店長としての責任だけでは孤独だったかもしれない。でもそれも含めて店長として、全て受け止める事が出来た。辛さも喜びも、全部独り占め出来た。

 それを全て失ってでも、自分がこれからしなきゃいけない事、これからしたい事は一体何なんだろう?正直今、コレという仕事が全くない。むしろ送り込まれてくる仕事が全然クリエイティブじゃない。ひたすら接続し、調整し、行くべき先を伴に探し、指し示す。

 休日はサラリーマンと同じになった。上司は嫁を探せと言うけれど、今のところ規則正しすぎてどう過ごして良いのか分からない。まずは何かと向き合う時間が増える分、ゆっくりとこの先を、考えていこうと思う。

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