ありがとう、Steve Jobs。

 iPhone4Sの、ある意味衝撃の一夜から今朝、職場で聞かされて本当に冗談だとiPhoneで調べてみたら、言葉を失ってしまった。

 大袈裟に聴こえるかも知れないけれど、プロとして失格ながら接客に影響が出る程にまで動揺してしまった。亡くなった事を知ってはじめて、自分がこんなにも一ファンであり、尊敬する存在であり、親しみを感じた存在であり、人間として魅了されていた存在だったんだなと、痛感した。56歳。何で世界を変える人は、こうも短命なんだろか。

 始めてAppleを知ったのは高校生の時、深夜魚井先生(@Sakanabone)が解説する、関西ローカルのMac特番だった。そこで高価なシンセキーボードの中央にあった真っ白なコンピュータ、それが生まれて初めて知るMacだった。今思えば、当時もう彼はAppleから解雇されていた期間。

 あれから僕は、Macだけを見た。富士通のFMTownやNEC PC98がお店には並んでいても、Macの他に興味は全くなかった。姫路のMacを扱っているお店を探して、始めて生で見たColor Classic IIがそれはもう欲しくて欲しくて仕方がなかった。親にどうやってお願いしたのかはもう忘れてしまったけれど、LC575が出ていたにも関わらず「デザイン」が気に入らなくて、スペックとデザインのバランスを考え最終的にLC475と専用モニターを買ってもらった。

 パソコンに「デザイン」という概念は、とてもカッコ良かった。LC475を買ってもらってからは、クラリスワークスでお絵描きや日記を付けて遊びながら、他のパソコンにはない、人間味のないコマンド入力とは全く違う、「何か」に感動し、魅了されていった。

 大学に入り、念願だったDTMをする為、バイトで貯めたお金でKORGの小さな音源(NS5R)とシーケンサー(Opcode Vision)を手に入れて、そりゃもう徹夜しまくって曲作りまくった。

 始めて彼を知ったのはいつだっただろう。僕がLC475で楽しむ間、どんどんAppleがヤバイという紙面が、Mac系雑誌を賑わし始めた。MacOS 7.5から先行き不透明になり、やれプリエンプティブマルチタスクが実装できてないだの、Be OSにとって変わるだの、そんな感じだったと思う。あれ?おかしいなとは思ってたけど気にしなかった。Windowsが出たと知った時も、そのダサさに失笑したりもした。その時くらいに、確か砂糖水の逸話で始めて名前を知ったんじゃなかろうか。

 やがてLC475からPowerBookG3を買って貰い、音楽も単に打ち込みから、いつの間にかオーディオまで扱える様になった。ライヴ活動での楽曲制作には多いに活躍した。発売したてのMacOS Xはインストールしても激重で、それはそれは使えたモノではなかったけど、これまでにみた事もないDockのジニーエフェクトの操作感に感動したっけ。

 始めてインターネットを使ったのもMacだった。その頃はカラフルなiMacも市民権を得て、類似品も出てたっけ。めちゃくちゃ低画質なISDNのストリーミングで、インターネットの向こう新商品の発表をして見せるスティーブジョブズがそこにいた。何もかもがワクワクの連続だった。

 ミュージカルに出させて貰う事になって、その劇団の団長が新しいオレンジのiBookを自慢してたっけ。その団長のスタジオにはPowerMacG3があって、こんな高性能なMacをいつか使いこなせる様になりたいなぁと思った。その団長が作曲の傍らホームページを作ってるのをみて、自分でもやってみようと思った。そうだ、ホームページを作ったのも、やはりMacだった。

 やがてPowerBookが壊れかけた時、生まれて始めてMacから離れ、そこそこ使える様になっていたWindows XPのVAIOに乗り換えた。理由は当時あまりお金がなく、MacOS 9からOS XにかけるコストとWindowsに乗り換えるコストを比べた時、後者の方が安かったからだった。そう言えば最初大福iMacのフルスペックでAppleStoreに注文して、直後にでキャンセルしたんだったっけ。なんであの時大福iMacにしとかなかったんだろ、バカだったな。

 しばらくするとiPodが発表された。モノクロの画面のiPodを購入して、そのiPodは僅か数ヶ月で無くしたんだっけ。悔しかったな。一旦またMDに戻って、大容量が忘れられなくてカラーのiPodをまた買い直すんだけど。

 この名古屋にくる1年程前にスティーブジョブズからiPhoneが発表され、非常に興奮したのを覚えている。日本ではiPod touchから発売されたけど、始めて梅田のヨドバシカメラで触った時の感動ったらなかった。でも当時はここまで魅了されるとは思わなかった。

 名古屋に来て最初の一年目。仕事がもう散々な日々の中で8月のある日、栄でたまたま入った量販店に在庫があるとの文字。気がついたら気絶したっけ。iPhoneを手にしてからは、もうこれまで目の前を流れていったケータイが全て古くさく興味がなくなり、もうこれで良い、いや、これが良いと確信したっけか。どんどん仕事で出てくるタスクを、タスク管理アプリで裁いていくのが楽しかった。

 そして遂に再びMacに帰ってくる。はずかしながら生まれて始めて自分で買ったMac、それも全部載せのiMac。もちろんiPadも速攻入手した。発表があった深夜のストリーミングからそのままApple StoreでWi-Fiモデルを注文した。当時はあまり使い道がなくて持てあましてたけど、どんどん生活の中でその存在が大きくなっている。今ではまた自分を音楽の世界に帰してくれる、必要不可欠なモノになりつつある。

 全てApple、それを作ったスティーブジョブズがいなければ、僕はパーソナルコンピューターで音楽作りたいとも思わなかったし、ホームページを作ろうとも思わなかったし、それを礎にライブ活動しようとも思わなかったし、自分の仕事の中でワクワクを見つける事も出来なかった。

 とても、哀しい。どんなサプライズが飛び出すか、どんな表情が観られるか。いつの間にか新商品ではなく、スティーブジョブズの魅力が楽しみでぞっこんだったのに。これからも会長として、まだまだ元気でAppleにい続けてくれると思っていたのに。

 Jobs。「数々の仕事」を残し、最後までこれからのAppleの為に働いて、今頃はきっとあのスピーチの様に、新しい命に生まれ変わってるに違いない。ありがとう。ありがとう、Steve Jobs。大好きだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です